NAOT × はたらくひと の連載 第6弾 は 塩津植物研究所の塩津 丈洋さん、久実子さんご夫婦。
2010年に東京で設立した研究所は2017年より奈良・橿原の地へ移転。
「植物の魅力を多くの人に伝えたい」と日本の山野草木を学び育てる体験型の盆栽教室、草木を生かした空間づくりや造園の活動はもちろんのこと、「種木屋」さんとしてこれまで行っていなかった植物の生産・販売にも力を入れています。
NAOT TOKYO や NAOT NARAでも盆栽教室や展示をしてくださり、NAOTメンバーとも親交の厚いお二人。今回はそんな塩津さんご夫婦に植物に関わるお仕事をはじめたきっかけ、想いを伺ってきました。どうぞご覧ください。
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ー 塩津さんはずっと植物一筋だったのですか?
今のお仕事をはじめたきかっけを教えてください。
よく「ずっと〇〇になるのが夢だった」とかあると思うのですが、私の場合は全く違ったんですよね。その時々に素敵だな、と思ったことが夢でした。子供の時は「漫画家になりたい!」とかね。本当に、そういう感じで。悪く言うと、飽き性なんです(笑)。でも、ずーっと美しいものが好きだったんですよね。それは一貫していると思います。
大学は芸術大学に進学して、グラフィックデザインを専攻していました。
在学中に自分は「木」が好きだということに気がついて、2年生の時に木を扱うことができる建築のコースに変更したんです。その建築コースには家具づくりや家を建てたい!という人達が集まっているので、周囲はそれに向かって就職活動をはじめますよね。
私はこれまた全然違っていて、木に触れて楽しい事ができればいいな!という感じでやっていたので、そういった方向への就職というものを全く考えていませんでした。あまり興味がなくて。その頃は夢中で木と向き合って、机や椅子など家具づくりを楽しんでいましたね。
そんな風に家具づくりをする中である日、ふと、思ってしまったんです。
切られ製材された木ではなく、生きている木に触れていたい。
木が好きで木工の道に進んだ僕にとっては、自然な流れだったように思えます。
そこからは木を加工をするではなく、生きているそのまんまの木を扱いたいという思いが強くなっていきました。
生きている木、そんな植物に関わっていける仕事ってなんだろう?と思った時に色々見てみたいと思ったんですよね。それで大学在学中に林業・お花屋さん・生け花 等、とにかく植物に携わるいろいろな仕事の現場の門を叩いたんです。
ーアルバイトとかではなく、そこへ飛び込んだのですか?
そうそう、現場が一番!
通っていたのは農業とか造園科のある大学ではなかったから、一番学べる場所だなと感じて。現場で仕事をしている人達の所へ伺って、体験という形で働かせてもらう、という事をしていました。その中のひとつがたまたま盆栽の師匠になる人のところでね。それが今の仕事に繋がっています。
はじめて盆栽に触れてみて、わ、いいなと思ったんですよ。山野草とか紅葉とかけやきとか身近な自然。一番、日本人に馴染みのある景色とその美しさ。生きてる木をそのまま扱えるし、実際に木を植える仕事でもある。そこが面白いなあ、と。一番自分にしっくりきたんですよね。そこからは盆栽の師匠のいる東京に通い詰めました。そのまま卒業と同時にその師匠のところに弟子入りしたんです。
ーそこからは植物一本でされているのですね!
はい。修行をして、独立。今に至ります。実際、仕事に対しては盆栽一筋でやってきてはいるんですが、僕は「これだけしかできない」というのに抵抗があってね。
学生の頃、教授の紹介で有名な生け花の先生につかせてもらい、展覧会のアシスタントとして働かせていただいたことがあったんです。その先生に「塩津は大学でなにやっているんだ?」と聞かれたので、「建築を学んでいます。家具だったら自信あります!」と答えると、「それ以外はできないのか?」と返ってきた。「それ以外は…家具一本なんで !」と答えたら、「じゃあなにもできないんだね。」と言われたんですよ。
その時はよくわからなかったのですが、あとあと考えてみると腑に落ちることが沢山あって。
建築や陶芸の道に進む人は茶道を習っている人が多いのですが、なぜかというと建築の場合は茶室・和室の設計に生かすことができたり、陶芸であれば抹茶椀を作る時にヒントになる。盆栽も日本の伝統のもの、生け花や茶道、文化・思想とかも大切な要素なのでそういった勉強も必要。
例えば、すごくいいモノをつくる人っているじゃないですか。その人ってたぶんね、他の事ををやっても優れていたりするんですよ。暮らしている家の空間も素敵だったり。人を育てる力、モノを見る力もそう。仕事だけでなく、日々の生活だったり、いろんなところに目を向けているからそういう力が身につく。
なので、私達も盆栽だけ、仕事だけ、というよりは暮らしの中に必要な事ぜんぶを大事にしていきたいと思っています。できることは全てやりたい!やる!というスタンスです。できない、というのはあまり言いたくないんですよね。
自分達の事を知ってもらうために、写真も撮るし、WEBも作ります。それは人に任せたらいいんじゃない?っていう話かもしれないのですが。暮らしの中に必要なものは作るし、デザインもする。この小屋も庭の池もすべて自分達でイチからつくりました。
うちは盆栽はキーにはなっているんですけど大切にしているのはそういうところなんです。
ー久実子さんはもともとは全く違うお仕事をされていたのですよね?
そうですね。結婚を機にこの世界に飛び込みました。
子供の頃から知らないことを知りたいという想いが強くて、ずっと海外で働きたいと考えていたんですよ。奈良で生まれ育ったのですが、そこから遠いところに行かないとだめなんじゃないかと思っていました。物理的に遠くへ!って。それで海外の文化や語学をずっと勉強してきたのですが、結果それは叶わなくて。
さあ、日本で頑張っていこうと思った時に、逆に全然日本の事を知らない自分に気づいたんです。日本の伝統工芸品を扱う会社に入社して、そこから日本文化や民芸の事を勉強しはじめたタイミングで盆栽と出会いました。主人の盆栽教室に参加したんです。
この盆栽がそう、一番最初にはじめてつくった、山つつじの盆栽。
植物の知識も技術もない。ないないづくしで始めたのが盆栽でした。
ずっと遠くに、遠くにって思っていたけれど。
今の自分にとって一番身近な存在であり、でも遠く未知のことが植物の世界。
ーすごい環境の変化ですよね!
でも全く違和感はないんです。知らない事を知りたいという好奇心は昔と変わらない。
もちろん植物が大好き!という気持ちがあるからできているんだろうなと思います。
自分自身も、住んでいるこの場所も、ずっとおんなじ状態というのは絶対にありえないし、変わり続ける。植物達も季節を追うごとにどんどん成長していきます。そんな植物達に追いていかれないように、私達もハウスを建てたり、新しく植物の畑を作ったりして日々奮闘していますよ。
ーお仕事のどんなところにやりがいを感じられますか?
東京で仕事をしていた時の話なのですが、レストランのディスプレイの仕事をいただいたんです。高層ビルの最上階にあるレストランで、銀座の一等地にありました。そこで働く人はものすごく朝早くて。日が昇る前に出勤して、終電で帰る時もある。毎日見る景色は地下鉄と銀座と家くらい。
ある時、そこへ紅葉の盆栽を持って行ったんです。
それを見たウェイターの方が何気なく、「塩津さん、紅葉がもう赤いんですね。あぁ、綺麗だなあ。」って言ってくださって。普段、自然の中で植物に触れている私達にはそれが当たり前すぎて、「もう秋ですからね!」と答えたのですが、「そうなんですね。僕らこういう生活を何年も続けているから、いつも塩津さんが持ってきてくれるこの盆栽が僕にとっての季節を感じることができる景色なんです。」 と、言ってくださったんです。
その時にハッとしたんですよね。
季節を感じるような自然の景色を見に行けない人って現実的に日本には沢山いるんだな、と。
植物って普通は大地に根付いているものだから、鉢に植えるというのは本当は自然の摂理からは反しているんですよね。
私は植物が好きでやってるから、植物を鉢に入れる事自体が可哀想な事なのかもしれない、自然のままにした方がいいんじゃないかと迷った時はありました。
でも、現代の人達が植物を愛でて、暮らしに取り入れるにはどうしたらいいか?
と考えた時に、私達なら鉢に入れて、持って行ってあげることができる!と気づいたんです。
色々な人に、どんなところにも連れていってもらえる。そして、ずっと育てていっていただける存在。それでその瞬間を、季節を楽しんで貰えたら嬉しい。
それが盆栽の魅力だし、この仕事のやりがいかなと思います。
ーこれからやっていきたいことは?
スバリ、「草木の駆け込み寺」です!
この仕事をはじめた頃から取り組んでいた事なのですが、これだけはブレずにやっていきたいという私達の行動指針なんです。植物の事であればいつでも何でも相談を受け付けています。
例えば、植物の調子が悪い、葉っぱが茶色くなってしまった、枯れている。虫がついてしまった等。私達のところで買った植物に限らず、植物なら全て。もちろんサボテンとか、観葉植物でも大丈夫ですよ。治療や植え替え、剪定とか植物のこと全般。本当になんでも!うちに一個でも投げ込んでもらえたら、それを全部受け止めたい!という想いで取り組んでいます。
ー頼もしい! そういえば、人間や動物には病院があるのに、植物ってないですもんね。
そう、植物も生き物なので、診てもらうところがあればいいなと!
ちょっとでもそれをどこかで聞いて知ってくれた人が困った時に駆け込む場所になれればいいなと思っています。
なので、実際に植物をお預かりして、元気にしてまたお返しするという事もしています。治療期間は数ヶ月から中には1年がかりという子もいますね。庭のビニールハウスにはそういった植物達がたくさんいますよ。
おじいちゃんが育てられなくなった盆栽をどうにかしてほしいというご相談もあります。なので、里親みたいに完全に引き取って、うちで手入れをして次の人に渡すということもやっています。枯れちゃうのはしのびないという人は元々その植物に愛着のある人ですし、私たちもその想いを次へ繋いでいきたい。命ある植物と最後まで育てて付き合っていくことを大切にしていきたいと思っています。
ーそういったことで私達と植物との距離が近づいていくといいですよね。
好きになってお迎えした植物を枯らしてしまったという苦い経験を持っている人って沢山いると思うんです。でもそれで植物を育てることを嫌いにならないで欲しいなあと思います。具合が悪くなってしまった原因をちゃんとお伝えすることで、次に植物を新しくお迎えした時にちょっとでもその知識を活かしてもらえたらと。
そう、ここから植物の事をいろいろ発信して、知ってもらう。
なんらかの答えが見つかる場所になれたらいいなあって思っています。
▲ 塩津さんご夫婦のNAOT達。「お気入りの靴はここが特等席なんです!」と玄関を見せてくれました。丈洋さんが DANIELA Matt Black 、久実子さんが PISAC Buffalo Leather と IRIS Chestnut を愛用中。すっかり足に馴染んでくれているみたいです。
● 塩津植物研究所
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