リトルストーリー
2019.07.30

[スタッフコラム]note 18:即興の儀式みたいに


 
 
このあいだ、尊敬する人が言っていた。
 
「感性のピークは15歳くらい」
 
ええ、困った。知らぬ間に通り過ぎている。
 
 
「感性」の「ピーク」が果たして何であるか について深く考えてしまうと、どうにも収まりがつかなさそうなのでここでは触れないでおくが、兎にも角にもそう言われてしまうと、そんな気がしてきてしまう。
 
ピークは過ぎたのか。そうかもしれないが、それは悔しい。
この先下降するだけなんて寂しいじゃないか。
できるだけ沢山、いままで気がつかなかったことに気がついていたい。
できればいつだって、新しく受信していたい。小さなことでいいので。
 
 
そう思ってたまに、やりかたを変えてみる。
それは、避けるべき方法をあえて取ってみる、ということでもある。
 
たとえば、
頭と足の向きをいつもと逆にして寝てみたり、(特に何も変わらなかった)
赤信号を疑ってみたり、(危険ですのでマネをしないでください)
美容室に座って「全部おまかせで!」と言ってみたりする。(すごい刈り上げになった)
 

 
上の写真はその一環で、旅先で服のまま海に浸かってみたときのこと。
 
浅瀬に座って肩まで浸かり、そのまま波にゆられていると、体温よりすこし冷たい塩水と皮膚の境目がだんだんぼやけて、海が水なのか私が海なのか、今がいつでそこがどこなのか、よくわからなくなった。というか、わかる必要がなくなった気がした。
 
着替えがないこともそのあと濡れたまま歩いて帰ることも、ぜんぶが素晴らしくどうでもよかった。
どうでもいいということが、サイコーに気持ちよかった。
 
 
それでなにがアップデートされたのかはわからない。わからないけど、アンテナの錆を落とすように、枯れるよりわずかでも早いスピードで新しく枝が伸び分かれるように、やりかたを変えてみる。祈りかもしれない。即興の儀式みたい、と思った。
 
 

 
 


スタッフ:三浦


その他の記事

一蘭へ戻る

カテゴリー

連載

pagetop