リトルストーリー
2020.06.28

[短歌]フルーツポンチ・村上健志の旅短歌 #9


 
お笑いコンビのフルーツポンチ・村上健志さんによる、短歌とエッセイの連載。
 
たまの遠出の風景を、あるいは日々に潜むちょっとした冒険や発見を、村上さんに「旅短歌」として切り取っていただきます。
 
村上さんの短歌って、すごいんです。今まで気がつかなかったような些細なことが、こんなに面白おかしく見えてくるから。
 
第九回は、東京の街中での戸惑い。
ガラスの向こう側は、丸見えなのに、まるで異世界のようで。
あなたは、どちら側でしょうか…。
 
 


 
 
 

 


アパレルショップが併設されたガラス張りのカフェ。「だから何?」という面持ちでその前を通り過ぎようとする。が、無理だった。家電量販店のエスカレータの両脇の鏡を見ないようにしても結局鏡を盗み見て髪型を直してしまうのと同様にそれを見てしまう事を避けられなかった。それどころか「おっしゃれー。」と思ってしまう。
 
僕の人生で最も長く住んでいる街は東京になった。にも関わらずまだ東京に動揺させられている。
 
動揺の理由はおしゃれな店ではない。その空間にいる人達が平然としている事だった。大袈裟に感動する人も、場のお洒落さに負けまいと斜に構えている人もいない。お洒落なカフェをただのカフェとして利用しているように見えた。「涼みたくてたまたま入った。」そんな風に平然と談笑をしている。自分だけが東京に置いていかれているんじゃないかと不安になる。
 
「そんなはずはない。」と店内を注意深く覗く。場の空気への緊張で手が震えティーカップをカチャカチャ鳴らしている人はいないか?パソコンを開いているだけで、何もせず見せパソコンをしている人はいないか?場違いな服を着てきてしまったと後悔し、シャツのボタンを外したり付けたりしてどうにかお洒落になろうと悪あがきしている人はいないか?挙動不審に周りをキョロキョロと見ている奴はいないか?
 
いた。キョロキョロと見回している男が。どんな奴だ?ん?見覚えがある。それはガラスに映った自分だった。こんな姿をお洒落なカフェで平然としていられる人達に見られるなんて恥ずかしい。そう思ったが、誰もこちらを見ていない。いや気づかないふりをしてくれているのかもしれない。皆、不安を抱え恥ずかしい経験をしたことがあるのだ。店内から見える僕を自分に重ねているのかもしれない。
 
東京は優しくて大好きだ。
 
 
 


△久しぶりの外食で食べたシンガポールチキンライス。中学生の時、シンガポールチキンライスを定期的に食べる大人になるなんて考えもしなかった。(撮影:村上健志)
 
 
 


 

Instagram: @mura_kami_kenji Twitter:@fpmurakami


 

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★自分もディスプレイとなる、その勇気。
次回は7月26日(日)公開予定。


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