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きみがいるから明日も歩ける #1 / ものすごい愛

 
「ものすごい愛」というエッセイストさんをご存知でしょうか。
 
WEBメディアやSNSを中心に、旦那さまとのほのぼのとした日常や、読者との恋愛相談まで、ひたすらに自分と周りのひとを愛でギュゥ〜と包み込んでくれるような、まっすぐな文章を書いていらっしゃいます。
 
札幌在住、エッセイストでありながら、薬剤師。
そして実は、NAOTの靴のご愛用者のひとりでもあるのです。
 
そのことを知ったのは、ものすごい愛さんの、ほのぼのとした1つのツイートがきっかけでした。
 
「ものすごい愛さんの、愛にあふれた日々のなかに、NAOTの靴が寄り添ってくれていたら。そのことを文章にしていただきたいのです」
そんなオファーから実現しました、新連載。
 
きょうもおつかれ、明日もよろしく。自分と靴をいたわってやるような、そんな気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。

 
 
 

#1

 
北海道の冬は、日が暮れるのが早い。
16時になれば太陽は落ち始め、空は赤みを帯びた灰色に染まる。
少し目を離しているうちに、あたりは一気にさびしさを纏う。
 
 
そろそろ夜ごはんの支度をしなくてはいけない時間だ。が、あいにく冷蔵庫の中は寒々しい。
日が暮れ始めるといつも思う。
どうしてわたしは昼間のうちに買い物に行かなかったのだろう、と。
太陽が高い位置にいるときに外へ出ていれば、こんな風に億劫な気持ちにならなかったのに。
あたたかい室内から窓の外に目をやれば、きっと鼻をつんざくような寒さであることが簡単に想像できる、
「……どうする?」
――どうするもこうするもないでしょう。まさか空腹のまま今日を終えるつもり?
どこからか聞こえてくる正論に、わたしは重い腰を上げた。
 
 
本気のコートを羽織り、マフラーをぐるぐる巻きにし、KEDMAを履く。
脛あたりまである分厚い靴下を履いているせいで、KEDMAからはきゅうきゅうと窮屈な声が聞こえるようだ。
マンションの外に出ると、想像よりもずっと冷たい風に体が縮こまる。
鼻の奥がつんとし、耳はびりびりと痛い。
コートのポケットに手を突っ込み、小さい歩幅でそろそろとスーパーへ向かった。
 
 
店内に入ると、全身を覆うあたたかい空気に体の力が抜ける。
途端に鬱陶しくなったマフラーを緩め、店内を歩きまわりながらあれこれ食材を見る。
色とりどりの野菜、種類豊富な肉、新鮮な魚。
さあ! お好きなものをどうぞ! と言わんばかりの豊富な品揃えに反比例して、わたしのやる気はみるみるうちに削がれていく。
いつだって思う。選択肢が多いほうがずっとずっとしんどい、と。
何をつくればいいのか、そのためには何を買えばいいのか、まるでわからなくなって目的もなくうろうろしていると、足元から声が聞こえた。
――ねぇ、ハンバーグはどう?
「いやだよ。そんな面倒くさいことやってられっか」
――じゃあ焼き魚は? 今日はホッケの開きが安いみたいだよ
「知らないでしょう。グリルを洗うのがどれほど大変か」
――ポトフとかいいんじゃない? 寒い日にピッタリだよ
「なんかそういう気分じゃあないんだよなぁ。それにごはんのおかずにならないじゃん」
――それなら鍋! 洗い物も少ないし楽ちんだよ!
「昨日食べたばっかりだもの。さすがに二日連続はねぇ」
次から次へと繰り出される提案に片っ端から文句をつけ、これ見よがしにため息をつく。
 
 
「……なあ、KEDMAよ」
「まったく君は暢気なもんだよ」
「毎日毎日飽きもせず、冷蔵庫の中身と相談して献立を考えたり、1日に3回もあるごはん支度というキリのない面倒事とは無縁なんだから」
「だからそんな風に好き勝手に言えるんだよ」
「あーやだやだ!」
 
 
半ば八つ当たりのような嫌味をちょっとだけ言ってやると、足元が少しだけ重くなったような気がした。
――なんだよ。ぼくなしじゃ買い物にだって行けないくせにさ。
当たり前に飛んでくる反論に聞こえないふりをし、少しだけ漂った不穏な空気から逃げるように、力いっぱいずんずんと進む。
 
 
ふと、視界の端にチープな赤と黄のポップを捉えた。
そこには『冷凍食品 全品半額』の文字。
……今日は冷凍餃子にしようか。
ホットプレートをダイニングテーブルにドーンと置いて、そこで焼いちゃうの。
洗い物だって少ない、調理工程だって焼くだけ。
あつあつの餃子を食べながらお酒を飲んでテレビを観て……って考えたら、サイコーじゃない?
なにより、急に餃子が食べたくなってきた。口が完全に餃子だ。
わたし、もう餃子しか食べたくない!
「どう? 名案じゃない?」
――……いいんじゃない?
「だよね? いいよね?」
――でもさぁ、ちゃんと栄養バランスとか考えなくていいの?
「わかってないなぁ、餃子は完全食だよ?」
「炭水化物もたんぱく質も脂質も野菜もぜーんぶ摂れるんだから」
「たくさんの優秀な研究者たちが、何年もかけて研究に研究を重ねた、英知の結晶だよ?」
「大して料理上手でもないわたしがつくったものより、断然おいしいって!」
 
 
そう意気揚々と冷凍餃子を3パック手に取り、野菜や肉には目もくれず、一目散にお酒売り場へと向かう。
缶チューハイとビールを数缶カゴに入れ、会計を済ませてさっさと店をあとにした。
――やだねぇ、さっきまでムスムスしてたくせに。急にご機嫌になっちゃって。
「ねぇ、たまには楽をしたって罰は当たらないと思わない? ストレスなく、ご機嫌に暮らせるのが一番でしょう」
――まあ、いつだってぼくは君に楽しく歩いてもらうのが一番うれしいからね。
 
 
行きと違ってずいぶん軽くなった足取りで、家へと続く道をすいすい進む。
KEDMAも軽く弾んでいるように感じたのは、きっと気のせいではないだろう。

 
 
 
 



ものすごい愛
1990年生まれ。札幌市在住。エッセイスト・薬剤師。さまざまWEBメディアにエッセイ・コラムを寄稿。結婚をテーマにしたエッセイ『今日もふたり、スキップで ~結婚って“なんかいい”』(大和書房)をはじめ、『命に過ぎたる愛なし ~女の子のための恋愛相談』(内外出版社)、『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)が好評発売中。回転寿司では最初と最後にアジを食べる。

 
 

次回 3月上旬公開予定。
どうぞお楽しみに。

 

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