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きみがいるから明日も歩ける #3 / ものすごい愛

 
ものすごい愛さんのエッセイ、第3話。
 
札幌在住、エッセイストでありながら、薬剤師。
そして実は、NAOTの靴のご愛用者のひとりでもあるのです。
 
じつは、弟さんがいらっしゃるそうで。
 
お姉ちゃんから見た弟さんって。
かわいくてかわいくて、仕方ないんだろうなあ。

 

#3


 
新卒で入った会社を特に理由もなく勢い任せに退職してから、もう3年経つ。
まるで無益な無職期間を経てからなぜか全くの畑違いのエッセイストに転身し、現在は三足のわらじを履いて貧乏暇なしと言わんばかりにあくせく働いているせいか、もうずっと新生活なんてものとは無縁の毎日を送っている。
大学を卒業したのなんてはるか昔。イベントごとに頓着がなく、子供もいないため、基本的に引きこもりでしがないフリーランスのわたしが唯一季節を感じるのは確定申告の期限が差し迫ったときくらいだ。
 
それでもなぜだか、4月は“はじまりの季節”という感じがする。
夕方のニュースで入学式や新社会人たちの映像がひっきりなしに流れ、SNSを見ればこれからの生活に胸を高鳴らせているピカピカの言葉が並んでいるからだろうか。
入学、進級、就職。そんな単語を目にするたびに、なんだか自分とはとても遠い世界の楽しそうなお祭りのような気がしてくる。
 
そんな若者たちの眩しさに目を細めるわたしには、年の離れた弟がいる。
この弟というのは、実の姉であるわたしが言うのもなんだが、なんとも魅力的なやつなのだ。
昔から勉強ができ、途中でつまずくこともなく地元でも指折りの進学校を経て、国立大学のなんだかよくわからない賢い学部に入学し、大学院まで進んだ。
部活でもなにかしらの選抜選手になり、そこそこ優秀な成績を残して表彰もされていた。
弟は、文武両道を地でいっていた。
 
だからといって一日中机にかじりついて勉強をしているわけでも、趣味がまったくない面白さに欠ける性格というわけでもない。
長期休みには自転車で全国津々浦々を周り、漫画やアニメなども好んでいてとても詳しい。
我が弟ながら、話の引き出しが多くてしゃべっていて楽しいし、とりわけ聞き上手でもある。
とっつきにくさとは無縁で、人懐こく愛想もいいからか友達も多く、行く先々でかわいがられているようだ。
以前、「あんたモテるでしょ?」と聞いたときには「そんなんでもないよ」と答えていたが、モテないやつはそんな余裕のある返答ができるわけがない。
たしかに、姉としての欲目を重々承知で言うが、弟はとてもかわいい。ほんとうに、ほんとうにかわいい。
 
それに引き換え、姉であるわたしなんてしがない私大を留年し、国試浪人をしてまで苦労して取得した資格職を早々に辞め、エッセイストとは名ばかりの引きこもり。
運動神経がなさすぎて、なにもないところで派手にすっ転んで靱帯断裂。
現在は結婚して毎日幸せだが、これまで一度もモテたためしがない。
モテ期は人生で3回あるなんてのは迷信で、嘘に決まっている。
それどころか、昔付き合っていた男性にある日突然蒸発された姉の気持ちになってみろってんだ。
同じ両親から生まれ、同じ環境で育ち、ほとんど同じ顔をしているわたしたちは、どうしてこうも違うのだ。
 
弟は、ずるい。
わたしはいつだってそう思っている。
だって、わたしは弟が生まれたときのことを、今でも鮮明に覚えているのだ。
 
ずっと、きょうだいのいる友達が羨ましくて、まだ幼かったわたしは毎晩寝る前に神様にお願いをしていた。
「かみさま、ちゃんといい子にします。だから、弟か妹がほしいです」と。
その願いが叶い、少しずつ大きくなっていく母のお腹に顔を近づけ、「はやく会いたいよ。いっぱい遊ぼうね」「おねえちゃん待ってるからね」としょっちゅう話しかけてはまだ見ぬ存在を心待ちにする日々。
そうして生まれたのが、弟である。
かわいくないはずがない、かわいいに決まっている。
 
わたしは、ずっと忘れない。
はじめて弟を抱っこしたときの重さも、力強く指を握ってくれたときの感動も、いつもわたしのうしろをついて歩いていた姿も、くっついて寝たときのあたたかさも、全部。
あんよと呼ぶに相応しい小さい足を守っていたファーストシューズは、いつの間にか外遊びでぼろぼろになったスニーカーに変わり、思春期を迎えて「色気づきやがって~」とイジってやったごついブーツを経て、いつしかわたしの足よりもずっとずっと大きくなっていた。
そんなずるくて仕方がない、わたしのかわいいかわいい弟が、ついにこの春に就職である。
 
 
先日、我が家に弟が遊びにきた。
お互いが実家にいたときと同じように食卓を囲み、少し前から一緒に楽しめるようになったお酒を飲んだ。
お互いの近況や親のこと、仕事は何をするだとか、友達の誰それは元気かだとか、「あのテレビ観た? おもしろかったよね」「〇〇の新刊出たよね、買ったなら貸してよ」なんて様々な話題に花が咲いた。
夜も更け、それなりに酔いが回ってきたところで弟に尋ねた。
「ねぇ、就職祝いは何が欲しい? なんでも買ってあげるよ」
「マジ? いいの? なんか姉ちゃんには節目節目でいろいろ買ってもらってる気がするわ」
「いいよ。ちゃらんぽらんな姉なりに威厳を見せつけたいだけだから」
「姉ちゃんはなー昔からよく怒られてたからな。おれはそれを反面教師にして頑張ったんだよ」
そう笑った弟は「ありがとうね、ちょっと何がほしいか考えるわ」と言い、我が家に泊まっていくことになった。
 
翌朝、帰り支度を終えた弟が玄関に座り込み、もこもこの冬靴を履きながら「ねぇ、この靴かっこいいね。就職祝い、靴がいいな」と夫が愛用しているAUDIENCEを指さした。
「いいよ、買ってあげる」
「やった! ありがとう! したっけまた遊びにくるね、おじゃましました」
そう言って弟が出ていった玄関の扉が閉まるのを確認するより先に、わたしは部屋へと戻り、パソコンを立ち上げた。
 
AUDIENCEよ、わたしのかわいい弟を遠くまで連れて行ってくれ。
そして、どうしてもつらくて逃げ出したくなったとき、転ばずに帰ってこられるように助けてやってくれ。
そんな風に願いを込めながら、弟への就職祝いを注文した。
 

△撮影:ものすごい愛
 

 
 
 



ものすごい愛
1990年生まれ。札幌市在住。エッセイスト・薬剤師。さまざまWEBメディアにエッセイ・コラムを寄稿。結婚をテーマにしたエッセイ『今日もふたり、スキップで ~結婚って“なんかいい”』(大和書房)をはじめ、『命に過ぎたる愛なし ~女の子のための恋愛相談』(内外出版社)、『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)が好評発売中。回転寿司では最初と最後にアジを食べる。

 
 

★かわいい弟には、旅をさせよ、この靴と。
次回 5月上旬公開予定
どうぞお楽しみに。

 


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