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きみがいるから明日も歩ける #5 / ものすごい愛

 
ものすごい愛さんのエッセイ、第5話。
 
札幌在住、エッセイストでありながら、薬剤師。
そして実は、NAOTの靴のご愛用者のひとりでもあるのです。
 
いつの時代も「早起きは三文の徳」は本当なんですよね。
早起きした自分を、めいっぱい、褒めちぎりながら生きたいぜ。
 
ラジオ体操、あなたは何番までできますか?

 

#5


 
昔から、早起きが苦手だった。
早朝に起き、出勤前に趣味や運動の充実した時間を過ごす“朝活”なるものを楽しめた経験がない。
いつだって、予定のある時間から逆算して「この時間ならなんとか間に合うだろう」というギリギリの時間に起き、慌ただしく行動するのがわたしの常だ。
 
いつまでも鳴り止まないアラーム。急いで口に詰め込む朝食。あれがないこれがないと家の中を行ったり来たり。時間がなくてシンクに放置されたままの食器たち。休みの日には何度もわたしに声をかけに来る夫。
1分1秒たりとも無駄にできない緊迫した状況が、わたしの知っている朝の風景だった。
 
それがある日、わたしはアラームが鳴る予定時刻よりもずっとずっと早い朝の5時に、スパンと目が覚めた。
疲れが溜まっていたわけでも、早朝から旅行に行く予定があったわけでもない。
何の理由もなく、こんなにも早い時間に気持ちの良い目覚め。
頭が少しずつ回り始め、「これまでの人生の帳尻が合ったな」という考えがまず浮かんだ。
30年間、アラームが鳴るより先に起きれた試しがなく、お布団とは一番の仲良しで、人の数倍惰眠を貪って時間を無駄にし続けていたのに。
そんなわたしがまだ本格的に活動している人がほとんどいない時間にもかかわらず、カーテンを全開にした部屋で朝日を浴びながら淹れたてのコーヒーの香りを楽しんでいるなんて……!
 
あれほど二度寝三度寝を繰り返すことを愛していたはずなのに、未だかつてないほどの高揚感をまた味わいたく、早起きの習慣はそれから毎日続いている。
早く起きたい。世界中の誰よりも早く起きて、優越感に浸りたい。さっさと家事をこなして、「え? まだ昼前なの?!」と一日の長さに戸惑いたい。
そんなギラギラしたやる気が満ち溢れて仕方がないのだ。
 
正直なところ、早起きにハマったばかりの頃は時間を持て余していた。
だって、これまで早起きの経験が一度もなかったのだから。
ベランダに出した椅子に座り、コーヒーを飲みながら家庭菜園をぼーっと眺め「いやはや、これはなかなか……」と優雅に過ごしてみたり、録画しておいた深夜のバラエティー番組を観て「爽やかな朝にシラフで観るには刺激的だな、ふふふ」とほくそ笑んでみたりしていたが、ふと気づいた。
「早朝から出掛けたっていいんじゃないの……?」と。
 
翌日、今日も今日とて朝5時に起きたわたしは、寝巻きのTシャツとジャージの上にパーカーを羽織り、ボサボサの寝ぐせもそのままにポケットにスマホと鍵を入れた。
玄関で一番近くに置いてあったOLGAを履き、家を出る。
ひどい見た目だが、こんな朝っぱらに誰も歩いてやしないだろうという変な自信があった。
 
6月の北海道の朝は、まだ少し肌寒い。
でも、想像していたよりもずっと外が眩しいことを初めて知った。
大きな公園向かって、のんびりと歩みを進める。
視界に入る街路樹の緑は、昼や夜のそれよりもずっと青い。
周囲を見渡し、誰もいないのを確認してから、大きな道でスキップをしてみる。
ふと、「こんなの人がいるところでやったら、完全に不審者だよなぁ」という考えがよぎったが、早朝だろうと突然スキップをし始める寝巻き姿の女は不審者でしかない。
いつもより気が大きくなってしまうのは、早起きをしたからだろうか。
こっそりマスクを下にずらし、瑞々しい空気を胸いっぱい取り込む。
早朝の川辺は、少しだけ湿布のにおいがすることを、初めて知った。
車通りのない橋から川面に目をやると、鴨がすいすい泳いでいるのが見える。
目が合ったと思った瞬間、羽を広げ、進行方向とは逆に引き返して飛んでいく。
鴨が想像よりもずっと長い距離を飛べることを、初めて知った。
 
公園に入ると、思いのほかたくさんの人がいることに驚く。
散歩が楽しくて仕方がないといったような笑顔で歩く犬。すでに汗だくになっているランナー。孫のものと思しき名前入りのジャージを着ているおばあちゃん。ベンチに座ってラジオを聴いているおじいちゃん。
彼らに馴染むように、「まあ、わたしもこの時間の常連ですけどね」と我が物顔でベンチに腰をかけ、日光を全身に浴びる。
柔らかな日差しとひんやりしているのに湿り気のない風が全身を包み込み、着飾っている人が誰もいないという安心感から体の力が抜けていく。
 
脱力したまま空虚を見つめていると、突然聞き馴染みのある音楽が聞こえてきた。
「あ、ラジオ体操だ」
気づけば広場にはたくさんのお年寄りが集まっていて、みんな意気揚々と大きな声で歌っている。
ここって歌うんだ……! と驚きつつも、周囲から浮かないように立ち上がり、わたしも「あたーらしいー朝がきたー」と遠慮がちに歌ってみる。
流されるまま、ラジオ体操第一、第二と体を動かす。
 
ああ、懐かしい。
昔は運動会や夏休みにやっていたなぁ。
まあ夏休みは早起きできなくて毎年三日坊主だったけれど……。
それにしても、ラジオ体操を大人が本気でやると、案外キツイ。
子供の頃は「これの何が体操なんだ?どこにも効いてないじゃないか」と思っていたが、今のわたしには抜群に効いているようだ。
筋が痛い。体が重たい。手が届かない。しんどい。
硬くなっていた体が徐々にほぐれていき、血液が末端までめぐっているのを感じる。
一心不乱に同じ動きをしているせいか、誰のことも知らないのに仲間意識が芽生えてきたような気がして、楽しくなってくる。
ようやく調子が出始めたと思ったのも束の間、久しぶりのラジオ体操はあっけなく終わってしまった。
 
うっすらと汗をかき、わずかに乱れた呼吸を整えていると、先ほどまで謎の一体感を生み出していた人々は何事もなかったように散り散りに去って行く。
もう少し日向ぼっこをしていたい気持ちもあったが、なんとなく彼らの流れに乗ったほうがいい気がして、ぽかぽかになった体でわたしも家へと向かう。
 
ラジオ体操、結構おもしろかったな。
知らなかった。毎朝こうやって集まっているんだ。
みんな間違えずにできてたな。案外覚えているもんなんだね。
わたしだって、普通に体が覚えていたし。
 
駅へと向かう人たちから変な人だと不審がられないように、マスクを上げて思わずこぼれる笑みを隠す。
こんな格好で駅と逆方向に歩いているのだから、十分に変な人なんだけれど。
 
今日初めて知ることが、たくさんあった。そしてこれから知っていくことも、きっとたくさんある。
ふと足元に目をやると、OLGAが少しだけ湿っていた。
晴れた日の早朝に公園を歩くと朝露で靴が濡れることを、わたしは初めて知った。
 
 

△撮影:ものすごい愛
 

 
 
 



ものすごい愛
1990年生まれ。札幌市在住。エッセイスト・薬剤師。さまざまWEBメディアにエッセイ・コラムを寄稿。結婚をテーマにしたエッセイ『今日もふたり、スキップで ~結婚って“なんかいい”』(大和書房)をはじめ、『命に過ぎたる愛なし ~女の子のための恋愛相談』(内外出版社)、『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)が好評発売中。回転寿司では最初と最後にアジを食べる。

 
 

★早起き部、発足したい。
次回 7月上旬公開予定
どうぞお楽しみに。

 

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