お笑いコンビのフルーツポンチ・村上健志さんによる、短歌とエッセイの連載。
「短歌」は五・七・五・七・七 の決まったリズムのなかで、ひとつの場面や心情までも、くっきりと描いてくれます。
今まで気がつかなかったような些細なことも、不思議と面白おかしく美しく見えてくる…そんな言葉たちを、「靴」をテーマにお届けします。
第9回。そこでしか使われないサンダルにも、積もるものはあります。
「ベランダで少し呑まない?」「いいね。」
ベランダにはサンダルが一つしかない。「サンダル持ってくる」と言って玄関に向かう僕の後を君がついてくる。ハイボールの入ったグラスを持ったままついてくる。カランカランという氷の音が夏を濃くする。つけてくると言ったほうが正しいかもしれない。ついてきたってやることなんかないのに餌をもらえると思った猫のように機嫌良さそうに後をつけてくる。振り返って君を見ると「何かありました?」と言いそうなとぼけた顔をつくる。そしてペンギンみたいに揺れながらぺたぺたと歩幅を小さく早くしてついてくる。行き先を玄関から変えて、どっか遠くのフェリー乗り場に向かってもきっとついてきそうだ。
夜のベランダは良い。照れを奪いロマンチックを解放させてくれる。「やっぱりかわいい」と呟きたくなる。もう一緒にいることが当たり前になった君にもう一度告白をしたくなる。「好きです」「嬉しいです。」敬語に戻るふたり。君が続ける。「嬉しいです。でも私、洗い物とかサボっちゃたりするよ。コンタクトしたまま寝ちゃったりするよ。」「いいんだ、君と一緒にさえいられたら」「よろしく、お願い、します」今日の片付けはじゃんけんもせず僕がやることになりそうだ。
そんな妄想を終えてベランダから部屋に戻る。久しぶりにベランダに出たせいだろう、サンダル が埃まみれだった。足の裏が黒い。
△撮影:村上健志
Instagram: @mura_kami_kenji Twitter:@fpmurakami
★私、かかとと親指だけで立って、ベランダに出ちゃう。
次回は、8月15日(日)公開予定。
どうぞお楽しみに。