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きみがいるから明日も歩ける #6 / ものすごい愛

 
ものすごい愛さんのエッセイ、第6話。
 
チャリを漕ぎながら、自力で進む日々。
周りから見たら、地味で、地道に見えるかもしれません。
 
でも、自分で歩いて見つけた道を行くのが、面白いんですよね。

 

#6


 
最近、自転車にハマっている。
ハマっていると言っても、ウン十万もするマウンテンバイクを自分好みにカスタマイズするとか、自転車に大きい荷物を積んで全国津々浦々を巡るとかではなく、純粋な交通手段として。
だからわたしの愛車は、ビックカメラのオンラインショップで「安くてかわいいから」という理由だけで選んだ、なんの変哲もないママチャリだ。
あまり使いこなせていない6段の変速機能、スーパーで大量に食材を買ってもスポンと入る大きいカゴ、つかう機会がなく持て余した荷台、クリーム色の車体。
付き合いはまだ浅いので、愛車の名前は決めかねている。
 
わりと交通の便がいい駅の近くに住んでいるし、車の免許も持っているけれど、わたしはどこへだって自転車に乗って行く。
東にクロワッサンがおいしいパン屋さんがあると聞けばそこそこな勾配の坂を30分立ち漕ぎし、西に税金の手続きの必要性があれば緩やかな坂をブレーキを効かせながら下り、北に職場があるため片道50分かけて往復し、南にたとえ何もなくてもただひたすらに漕ぎ続ける。
毎日自転車に乗ってばかりいるものだから、足の甲はOLGAのかたちのまま日に焼けてしまい、裸足になるとほんのちょっとだけまぬけだ。
 
自転車に乗ってどこまでも行ったとて、特別におもしろいことは起こらない。
新しい出会いもないし、価値観がガラリと変わることもない。
汗をかいて目的地に着くころには顔はドロドロ。筋肉がついた実感もなく、むしろ疲れた分食べているからダイエットにもなっていない。
「マイブームなんてのは、本来無益でいいのだ」と意識の低いテーマを胸に掲げ、わたしは毎日自転車に乗っている。
 
先日、仕事の関係で大学時代の同期数人と久しぶりに顔を合わせた。
彼女たちに会うのは、大学を卒業して以来、5年ぶりだ。
仕事を終え、「久しぶりだね」「元気だった?」と互いの近況報告をしていると、各々がスマホを取り出し、どこかへ連絡をし始めた。
「旦那がここまで車で迎えに来るんだ、たぶんもうそろそろ着くはず」
「いいなーうちなんて仕事で間に合わないって言って駅までしか迎えに来てくれないんだよ」
「迎えに来てくれるなんて羨ましい、うちの旦那は今日出張でいないから電車で帰らなくちゃ」
帰る手段であれこれ盛り上がっているのを黙って聞きながらポケットに手を突っ込んで自転車の鍵を弄んでいると、「どうやって帰るの? 旦那さんが迎えに来るの?」と会話の矛先がわたしに向いた。
 
「え? 自転車だよ」
同期たちが、一様にぎょっとした顔をする。
「え? ここから? 家まで?」
「うん、そうだよ」
「は?! どれくらいかかるの?」
「うーん、1時間半くらいかな?」
「1時間半!? 旦那さんは? 今日いないの?」
「ううん、家にいるよ」
「もしかして迎えに来てくれない人?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
「じゃあなんで??」
「なんでって……わたし、元気だから」
全く理解できないといった表情で質問攻めされたところで「元気だから」「自転車で帰りたいから」以外に理由なんてないのに。
わたしがいくら説明したところで、彼女たちの納得する答えはきって出てこない。
あなたたちが車で迎えにきてもらうのと同じように、わたしが自転車で帰ることに大それた理由なんてないのよ。
「なんか……相変わらずだね……」と乾いたように笑う彼女たちをあとにし、わたしは愛車に跨った。
 
各々に家庭の事情があるように、他人からすれば大したことはないかもしれないけれど、わたしにも事情がある。
たしかに、車で帰れば家でゆっくりする時間が長くなるかもしれない。
涼しい車内で、旦那さんと今日の出来事についておしゃべりしながら帰るのは楽しいかもしれない。
足の甲にまぬけな日焼け痕なんてできないかもしれない。
 
でもわたしは、追い風が吹けばどこへでも行ける気がするし、向かい風で苦しければ「なにくそ!」と力が沸いてくるのだ。
国道のひとつ前で曲がれば、綺麗に舗装された細い道路があって走りやすいこと。
隣同士の区画で植えられているタチアオイの色が違うこと。
車では入れない奥まったところに小さな喫茶店があること。
決まった時間に家の前でおいしそうに煙草を吸っているおじさんがいること。
さびれた中華料理屋さんが新メニューを出したこと。
あそこのマンションの名前がちょっとだけダサイこと。
 
車の助手席に乗っていては気づないこと変化を、電車で移動しても見えない景色を、決して人生で有益ではないだろうことを、人に話すほどでもないくだらない情報を、わたしはたくさん知っている。
だからわたしは、今日もどこへだって自転車で行く。
 
 

△撮影:ものすごい愛
 

 
 
 



ものすごい愛
1990年生まれ。札幌市在住。エッセイスト・薬剤師。さまざまWEBメディアにエッセイ・コラムを寄稿。結婚をテーマにしたエッセイ『今日もふたり、スキップで ~結婚って“なんかいい”』(大和書房)をはじめ、『命に過ぎたる愛なし ~女の子のための恋愛相談』(内外出版社)、『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)が好評発売中。回転寿司では最初と最後にアジを食べる。

 
 

★あるこう、漕ごう、わたしはげんき。
次回 8月中旬公開予定
どうぞお楽しみに。

 

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