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きみがいるから明日も歩ける #7 / ものすごい愛

 
ものすごい愛さんのエッセイ、第7話。
 
しばしば登場する旦那様。そのお人柄が滲み出る回。
そうか、愛を伴って「かわいそう」を通り越すと、もはや「かわいい」になるのか…。

 

#7


 
京都から地元である北海道に帰ってきて、早2年。
 
引っ越したばかりの頃は、生活の基盤を整えたり転職をしたりと慌ただしい日々を過ごしていた。
それに加え、書籍化の準備などで忙殺されていたせいで気持ちの余裕なんてものはまるでなかったのだが、ここ半年ほどでようやく落ち着いたように思う。
しかし、さーて! 北海道での暮らしを存分に楽しみますか! と浮足立った途端にこのコロナ禍である。
時間にも体力にも精神にも余裕はたっぷりあるのに、ご多分に漏れず我が家もステイホーム生活を余儀なくされた。
 
わたしは、まだいい。
もちろんそれなりにストレスを感じてはいるが、地元に帰ってきたのだから特段不自由もしていないし、今さら日々の暮らしで真新しい発見もない。
むしろ慣れ親しんだ土地での暮らしは快適である。
 
気の毒なのは、夫である。
夫は沖縄で生まれ育ち、進学のため18歳で地元を離れてから、仕事で西日本を転々とする人生を送ってきた。
ひょんなことからわたしと出会って結婚し、当時住んでいた京都に腰を据えようとした矢先、「よし! 北海道に帰るぞ!」と強引なわたしに引きずられるがまま、縁もゆかりもない北海道に移住する羽目になったのだ。
ただ、彼にとって北海道は憧れの土地であり、目に入るもの全てが新鮮で、新生活に胸を躍らせていたはずだった……が、ひとつも叶わないまま今日まで時間だけが経ってしまった。
 
昔から、キャンプへの憧れがあったという。
子供の頃から病弱だった夫は、長く入退院を繰り返す生活を送っていたため、外での遊びやアウトドアのレジャーを楽しむことなく過ごした。
ある程度体力がついてからも、子供の頃についた差は縮まることなく、それなりに暗い学生時代だったらしい。
就職してすぐは生活も苦しく、知らない土地を転々としたのもあって、プライベートを充実させる余裕もなかったのだから、仕方のないといえば仕方がない。
しかし、ある程度体力がつき、金銭的にも時間的にも余裕が生まれ、車を手に入れ、キャンプし放題の北海道に移住して「よーし! これからは思う存分キャンプできるぞ!」と立ち上がった途端、この状況である。
キャンプ場の閉鎖。札幌市からの往来自粛。それでなくとも職業柄、より一層気を引き締めて控えざるを得ない。
夫のタイミングの悪さは折り紙付きだが、これではあまりにも気の毒である。
  
一度も発散されることのない夫の中のキャンプへの熱量は、消えることなく未だに燻り続けている。
調べ魔の性格もあってか、ありとあらゆるキャンパーたちのYouTube動画を見漁り、行けない日々でもキャンプグッズの情報収集に余念がない。
様々なオンラインショップを転々とし、価格の比較を怠らず、レビューを隈なく読み、そのレビューを書いている人が信頼に値するかまで調べあげたのち、ようやく購入に至る。
仕事帰りはキャンプ用品店に立ち寄り、百円ショップで役立ちそうなものはないかパトロールし、帰宅すればそれらのお披露目会に付き合わされるのだ。
「どう? これ! すごくない?!」と目をキラキラさせる夫を前に(それを使える目途も立っていないのにね……)と思いつつも、現実を突きつけて傷つけまいと「へぇ! すごいね! かっこいいね!」とやさしく言葉をかけてやる。
付箋が大量に貼られているキャンプ場の本を開き、「ここは焚火ができるらしい」「少し遠いけれど人気のキャンプ場らしいんだ」「トイレが綺麗なのって大事だよね」と親切に説明もしてくれるが、行く予定のない場所を見せられても「そうなんだね~」以外の返しが見つからない。
朝の天気予報をチェックし、行けもしないのに「この週末、あそこのキャンプ場は雨か……」と嘆く夫に、わたしはなんて言葉をかけてあげたらいいかわからない。
 
我が家には、一度も使われていないキャンプ用品であふれている。
テントやタープをはじめ、焚火で薪をくべやすい高さの椅子や星空を眺めるようのリクライニング機能付きの椅子、寝袋、焚火セット、防火防水機能の洋服、ランタン、ナイフやコップなどの細々したものを含めると、もはや数え切れない。
出番のないキャンプグッズで占領されている部屋で生活をしていると、いい加減うんざりもしてくる。
休日に近所の公園を一緒に散歩をするのはわたしも楽しいが、「テントが張れるスペースは十分にあるね」「この土の固さだとおれのペグじゃダメかも」といちいちキャンプの話題にされては鬱陶しくて仕方がなく、「もう勘弁してよ!」と言いたくなるわたしの気持ちもわかってほしい。
 
でもやっぱり、キャンプへの思いが募るあまり、家の中でキャンプに行くような恰好に着替え、リビングにテントを建て、明るい部屋でランタンを点け、アウトドア用の椅子に座って低い天井を眺め、夜道用のヘッドライトを装着し、キッチンのガスコンロでマシュマロを炙って食べている夫の姿を見ていると、胸が締め付けられて涙が出そうになるのだ。
「君もマシュマロ食べる?」「テントの中に一緒に入っておしゃべりしよう」「この椅子、とっても楽ちんだから座ってもいいよ」とニコニコしている夫の気持ちを想像するなんて、切なすぎてわたしにはできそうもない。
 
今日もまた、思う存分楽しめる日がいつか訪れたときのために、「タープを建てる練習をしてくるね!」と朝6時に近所の川辺へと出掛ける夫のさみし気な背中を見つめながら、「あぁ、早く夫をキャンプに行かせてやってくれ……」とわたしは切に願うのである。
 
 

△撮影:ものすごい愛
 

 
 
 



ものすごい愛
1990年生まれ。札幌市在住。エッセイスト・薬剤師。さまざまWEBメディアにエッセイ・コラムを寄稿。結婚をテーマにしたエッセイ『今日もふたり、スキップで ~結婚って“なんかいい”』(大和書房)をはじめ、『命に過ぎたる愛なし ~女の子のための恋愛相談』(内外出版社)、『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)が好評発売中。回転寿司では最初と最後にアジを食べる。

 
 

★ふたりとも、今をたのしむ天才です。
次回 9月下旬公開予定
どうぞお楽しみに。

 

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