ふたりめの子どもを出産し、寝てミルクをあげてのサバイバル生活のさなか、住んでいた京都から、夫の実家のある奈良に引っ越すことになった。
ついでに、10年勤めた出版社をやめて転職することにした。
引っ越しにあたり、仕事と趣味で増えまくった本の収納に大活躍していた、大きな3つの本棚が行き場を失うこととなった。新しい家には造り付けの本棚があるのだ(憧れの〜!)。
ただ、ひとり暮らしをはじめたときに友人がつくってくれた本棚には思い入れもある。
捨てたくないし、フリマサイトに出して、まったく知らない人の手に渡るのも無性にさみしい。
ふと思いついて、本屋をやっている元同僚に「いらない?」と聞いたら、近々あたらしく本屋をはじめる人がぜひと手をあげてくれたらしい。
本屋で使ってくれるなんて、本好き冥利に尽きる! もちろん返事はイエス一択だ。
数日後、引き取り手の本屋さんが車でやって来た。
なんとか積み込んで、奈良のどこで本屋を開くんですか、とか雑談していると、「あの、靴、履いてくれてありがとうございます」と、ちょっと気恥ずかしそうに本屋さんが言った。
えっ。くつ?
「玄関にあるサボ、NAOTですよね? 僕の家族がNAOTで働いてるんです」
まーじーでーすーかっ。
私、つい数週間前、まさに奈良で、NAOTで働く人たちと会って、ここで働きますか〜楽しそうですね〜ワハハという話というか面接をしていたんですけれども。えっ。名字がたしかに本屋さんと同じだった人がいてました、たぶん先日そのご家族に会ってます、「もしや、はっとりさん……」と思わず口にすると、なんでしょう? と不思議そうな顔になる目の前のはっとりさん。
私はこれから転職する会社で、長く働いているスタッフさんの、お連れ合いが新しく開こうとしている本屋さんに、自分が愛用していた本棚を引き取ってもらう、ということか。
そんなことある?
実はその会社で春から働くんですと言うと、目の前のはっとりさんも目が落ちそうなくらい驚いていた。
そしてふと、なんだかとても歓迎されている気がする、とそのときに思った。
奈良に住むと決めたけど、気の知れた人は一人もいない。でも大丈夫だろうなと、無責任な安心すらした。
ふしぎな偶然から早数年。
いい靴はいい場所へ連れていってくれるというのは、どうやら本当みたいです。
(文/スタッフ 森本)